ふらのさんブログ

ツーリング/旅、植栽/ガーデニング、DIY、スウェーデンハウス建築記録と共に、日常の生活を綴っています。

前立腺癌告知まで③ ~前立腺生検事前説明~

半年にわたる経過観察でPSA検査結果に改善が見られなかったので、前立腺癌の可能性を除外するため、生検を受けることにしました。

事前にその内容の説明と合併症などのリスク説明があり、同意書へのサインが求められました。

 

私の受診した総合病院での前立腺生検の方法は下記の通りです。

 ・肛門から超音波器械(プローブ)を入れて、前立腺の組織を10ケ所採取。

 ・直腸粘膜麻酔・局所麻酔併用

 ・検査時間は5~10分程度

 ・検査前日より、感染予防として抗生剤を服用

  (抗生剤は検査後も含め、1日3回5日間服用)

 ・検査後、アルコール、自転車・バイク、過度な運動は1週間程度不可。

 ・検査当日の入浴も不可。

 

また、前立腺生検による合併症について、下記の説明がありました。

 ・血尿:検査後、3日間は血尿あり。水分を十分に摂取して改善。

 ・肛門出血:数日で改善する。

 ・発熱:稀に数日以内に高熱を呈する場合あり。

 ・血精液症:精液に血が混じることがあるが、自然に改善。

 ・排尿困難や排尿痛、違和感が数日間続く。1週間程度で治まる。

 ※いずれの症状もひどい場合は救急外来受診のこと。

前立腺癌告知まで② ~PSA検査結果の推移~

PSA検査結果

昨年9月から今年5月までのPSA検査結果の推移と、それに付随した診断・検査・自覚症状の変化をまとめると下記の通りです。

 ・2023.9.13 PSA検査 結果4.954

    会社健康診断で実施

    基準値4.0以上で「要精密検査」判定

    PSAが高くなる原因

     ①前立腺癌、②前立腺肥大症、③前立腺炎など

 ・2023.10.19 

    かかりつけ医紹介で地元総合病院で初診

    問診・尿検査、次回MRI検査予約

 ・2023.11.8 PSA検査 結果5.630

    地元総合病院でPSA検査、MRI撮影

    PSA値は健康診断時より上昇したが、まだ低いレベル

    次回MRI画像の診断

・2023.11.16

    地元総合病院で診断

    MRI画像で癌の形跡は見られず、可能性は低い。

    前立腺肥大の傾向もない。

    癌でないことの確定には生検が必要だが、感染合併症のリスクがあり、

    PSA数値も低く、MRI像にも異常がないので見送り。

    3か月後にPSA再検査とする。

 ・2024.2.8 PSA検査 結果4.200

    地元総合病院でPSA再検査・診断

    PSA値は低下(基準値4.0に対し、ギリNG)

    PSA FT比 0.26

    → 担当医から説明はなかったが、ネットで調べると0.1未満で癌、

      0.2以上であれば肥大によるPSA高値の可能性が高いとのこと。

    PSA値が低下したので経過観察として、3か月後に再検査とする。

 ・2024.5.30 PSA検査 結果4.750

    地元総合病院でPSA再検査・診断

    担当医が変わる(前任者退職&転院)

    癌でないことをはっきりさせるため、次回生検をすることに。

 

自覚症状と自己判断

PSA検査を受けるきっかけとなった股間(肛門部奥)の違和感は、昨年末までは感じたものの、年明け後は徐々に軽くなり、春先にはほとんど気にならなくなっていた。

そのため、週末ツーリングやGW10日間の北海道キャンプツーリングにも出掛けたが、特に以前のような違和感は感じなかったので、5月のPSA再検査時には、数値が下がり、前立腺炎症と診断が下り、終了と見込んでいたので、数値が下がらず、生検になった時は少々ショックでした。

前立腺癌告知まで① ~自覚症状~

前立腺癌の早期発見につながったPSA検査(前立腺から分泌されるタンパク質の濃度で、前立腺癌を診断する血液検査)は、たまたま昨年の会社の健康診断でオプションで申し込んで受けたものです。

還暦を迎えることで、高齢男性の病気と言える前立腺の検査をやっておこうという思いと共に、昨年夏あたりから、股間(肛門付近の奥の方で)に違和感を感じるようになっていたのがきっかけでした。

この違和感は、痛みはないのですが、何か物が当たっているような圧迫感があり、1~2ヶ月続いていたので、9月の健康診断でPSA検査を追加しました。

実際にこの違和感は前立腺癌と関係はないのかもしれませんが、当時は、バイクツーリングによる影響や仕事が1日中座りっぱなしのパソコン業務であることが影響しているのでは?と考えていました。

その他には、2年ほど前から、

 ・急に尿意を感じるようになった。

 ・排尿の回数が増えた(頻尿)

 ・排尿の勢いが弱くなった。

などの症状を感じるようになっていましたが、年齢から来ているものと考え、「いよいよ自分もそういう年代になってきたのか。」とそれほど気にしていませんでした。

手術選択までの経緯

病名確定まで

還暦を迎え、勤めている会社の定年は65歳であるものの、リタイヤ後のことが気になる年代になってきました。

これから先の事を考えるにあたり、大切なのは健康・・・

昨年9月、会社の健康診断は、最低限の検査項目しかないので、60代になることもあり、PSA検査(前立腺から分泌されるタンパク質の濃度で、前立腺癌を診断する検査)を追加したところ、「要精密検査」の判定になってしまいました。

そこで、昨年10-11月に地元の総合病院で問診、PSA再検査、MRI検査を実施したところ、PSAの数値は上限をわずかに超えているものの、MRI画像には癌や前立腺肥大の兆候は見られず、3ヵ月後にPSA再検査で様子を見ることになりました。

その後、2月の再検査では、さらに数値が下がり、NGギリギリの値になったため、さらに3ヶ月様子見・・・

そして、5月の再検査では数値はまだ低いものの少し上昇して横ばい傾向のため、癌ではないことをはっきりさせるため生検(前立腺の組織を採取して検査)を実施することにしました。

生検は6月初めに実施。肛門から超音波プローブを挿入して、画像を見ながら、前立腺の左右各5ヶ所の細胞を針を刺して採取・・・

2週間後に、妻同伴のもと、検査結果を聞きに行ったところ、結果は予想に反して10ヶ所中の1つで癌細胞が検出されました。(自分は炎症だと思っていた)。

告知後、すぐに行った骨シンチグラフィーとX線CT検査では転移は確認されず、PSA値が低いこと、MRIなど画像確認できない初期レベルであることを踏まえ、担当医と相談の結果、前立腺全摘出の手術を受け、根治を目指すことにしました。

 

ブログに記録を残しつつ・・・

この1ヶ月でがん告知から手術決定と、目まぐるしく状況が変わり、60代になったばかりで、新しいステージに入りました。

手術後は排尿障害(失禁)などの症状がでるものの、数ヶ月で回復し、日常生活は普通に送れるとのこと・・・

回復後は、これまで同様、再び旅に出ることを目標にして、病気と向き合っていくつもりです。

今の状況、今後の闘病の記録、新たな目標に向けての活動など、いい機会なので整理して残そうと、ブログを再開することに決めました。

しばらくは、これまでの前立腺癌告知までの症状、検査結果、その時感じたことなどの記事が多くなると思いますが、後に「あの時はこうだったなぁ~」と元気になって懐かしく振り返ることができるように備忘録として残すつもりです。

ブログ再開 ~経過と近況~

ブログ休業から現在まで

久しぶりのブログ更新です。

 

前回はちょうど2年前の6月・・・北海道キャンプツーリングの記事をほぼ公開し終えたタイミングでした。

ちょうどその頃、

・妻に10年ほど前の病気に起因する症状が現れ始め、検査入院することになった。

・同じタイミングでひとり暮らしの義母も大動脈瘤の手術で入院することになった。

・実父が好きな鮎釣りに出かけた際に転んで怪我。大事には至らなかったが、その後おかしな言動が見られるようになった。

など、いろんな事が重なってバタバタし、ブログ更新の余裕がなくなっていました。

妻は難病指定の病気で完治は望めないものの、薬を飲み続ければ、日常の生活には支障なく過ごせることに・・・

義母の手術も無事に終わり、2週間ほどの入院後、普段の生活へ・・・

ただ、実父については、9~10月に「菌血症」と「慢性硬膜下血腫」が発症し、続けて入院・治療・手術を行ったのですが、血腫の影響で脳が長期の圧迫によりダメージを受け、入院直前には会話や歩行がおぼつかず、失禁も・・・術後はこれらの症状は改善されたものの、短期記憶の障害が残り、初期の認知症と診断されました。

幸い身の回りの事は自分でできるのですが、認知症のため、車の運転は不可・・・弟と交代で、週末は実家を訪れ、両親を買い物・温泉・ドライブに連れて行くという生活になりました。

また、毎日頑固で車の運転をあきらめる事ができない実父の相手をする実母の事が心配で、そのガス抜きのために、毎日会社帰りに実家に立ち寄るようにもなりました。

親父は言う事を聞いてくれず、我侭でストレスが溜まるものの、幸い2人共自分達の身の回りのことはでき、介護までは必要ないので、「まだいいかも?」と思うようにしていました。

そんな急変した生活パターンの中でも、時間を見つけ、以前と同様、バイクでツーリングに出かけて気分転換・・・

昨年、今年とGWには東北・北海道にロングツーリングにも出かけ、楽しんでいました(いつかブログに記事をアップしたい)。

 

近況と今後

ブログ休業中は、こんな生活パターンで2年ほど過ごしていましたが、昨年私もいよいよ還暦を向かえ、体の衰えを日々感じるようになっていました。

そんな中、昨年の会社の健康診断をきっかけに、精密検査を受け、半年間様子を見ていた結果、先日病気が確定・・・

7月末に手術となり、これから先の人生を考え直す事になりました。

詳細は、次回記事で紹介するとして、今回はブログ再開の連絡とし久しぶりに更新します。

2022GW北海道ツーリング ~9日目~

終日フェリーの1日

帰りのフェリーでの最初の夜、疲れが出て熟睡かと思いきや、夜中に何度か目が覚めてしまい、外が少し明るくなってきた4時過ぎに、2等客室の周りの人の迷惑にならないように静かに起き出し、デッキに出て、船の左後方の水平線から登る日の出を眺めました。

船上からの日の出

スマホの電池残量が残り少なくなっていたので、ラウンジに移動し、無料のお茶をすすりながら、充電・・・

名古屋港到着は翌日の10:30で、船内2泊の船旅となり、この日は終日フェリーのため、時間は十分・・・

充電を待つ間、マップを眺めて旅を振り返ったり、旅の記録のメモを整理したりして、時間をつぶしました。

帰りのフェリーで旅を振り返るのも定番です。

 

仙台 一時下船

昨年の北海道ツーリングでも、帰りは同じフェリーを利用し、終日船内で過ごして、贅沢な時間の過ごし方をしましたが、やはり退屈・・・

今回は、出発前に以前勤めていた会社の上司のアドバイスもあって、仙台港で一時下船することにしました。

年齢が私とひと回り以上違う元上司は、リタイヤ後、毎年全国各地をツーリングし、北海道の帰路ではいつも仙台港で一時下船し、名物の牛タンを食べるらしく、お奨めのお店を教えてもらいました。

 

仙台港には9:30頃到着・・・一時下船の手続きをして、徒歩にて下船。

初めての仙台港上陸

目的のお店を目指して、港周辺の殺風景な景色の中を、春の穏やかな陽射しを浴びながら歩いて行きました。

お店には20分ほどで到着・・・開店は11時でまだ1時間ほどあるので向かいの大型ショッピングセンターで時間をつぶしました。

開店の15分くらい前にお店に戻ると、既に10名ほどの行列ができていて、かなりの人気店で混雑しそう・・・

できればお店でゆっくりと牛タンを堪能したいところでしたが、12:20までにフェリーに戻らないといけないので、お持ち帰り弁当を購入・・・

牛タン店「たんや善治郎」

お店の人にフェリーの中で食べる旨を伝えると、「良い旅を・・・」と声を掛けてもらい、気分良くお店を後にしました。

牛タン弁当の買い出しを終え、途中コンビニにも立ち寄って翌日の朝食を買い、フェリーターミナルに戻りました。

 

12時過ぎに乗船開始・・・船内に戻り、ラウンジで席をキープして早速、牛タン弁当を食べてみました。

購入した弁当(竹)には、肉厚の牛タンが3枚6切入っていて、なかなか豪華・・・

仙台名物の牛タンをこれまで食べたことがなかったので大満足!

肉厚の牛タン 豪華なお弁当の昼食になりました。

食後、今回のお店を教えてくれた元上司にLINEで今の状況とお礼の連絡を入れておきました。

 

牛タンの次は夕食バイキング

牛タン弁当の昼食後は、ラウンジで寛ぎながら、コーヒーを飲んだり、海を眺めたり、お風呂に入ったりして時間をつぶしました。

フェリーは比較的沿岸近くを航行するため、電波が届くことがあり、元上司からLINEの返事が来て、その後今回のツーリングについて何度かやり取りをしました。

この日は晴天・・・姉妹船「きそ」とすれ違い

18時を過ぎ、デッキに出ると水平線付近は雲に覆われ、日没と夕焼けは期待できそうになく、残念・・・

この日の日没・夕焼けは残念でした

続いてレストランに移動し、夕食を食べることにしました。

メニューは昨年も利用した「夕食バイキング」・・・2100円と料金は少し高いのですが、メニューの種類は多く、味も上々・・・

お昼の牛タン弁当に続き、ちょっと贅沢な気もしましたが、折角の機会なので、トレイにひと通りおかずを取って、美味しく頂きました。

豪華な夕食バイキング

さすがにお腹はそれほど空いていなかったので、何回もお代わりという訳にはいきませんでしたが、食後はデザートとコーヒーでしっかり締めて大満足でした。

ひと通りおかずとデザートを食べました。

 

旅の最後の夜

夕食後、お腹もふくれて眠気が襲い、早めに客室に移動し横になっていました。

すると、元上司から再びLINEで、翌日帰港の名古屋港に出迎えに来てくれるとの連絡があり、ビックリ・・・

翌日、15年ぶりくらいで会えることを楽しみに、眠りに就きました。

2022GW北海道ツーリング ~8日目②~

旅の締めくくりは富良野駅

8時過ぎに上富良野のキャンプ場を発って、十勝岳の中腹まで登り、その後、富良野駅までやって来ました。

時間はまだ10時少し前と早く、麓郷周辺の丘を巡ることもできたかもしれませんが、昨日からの快晴のもと美瑛・上富良野を巡り、すでに満腹状態だったため、いつも富良野に来た時には立ち寄る駅にやって来ました。

訪れるたびに駅前の開発が進み、変化してきましたが、駅舎は昔のままです。

昔の面影が今も残る富良野駅

昨年の北海道ツーリングでは、小樽着ホテル泊後に富良野を訪れ、最初にひと息ついた場所がここ富良野駅でしたが、今回は旅の最後に立ち寄ることになりました。

 

気温は既に20℃以上ありそうで、バイクを降りると冬装備の恰好では暑いくらい・・・

ジャケットのファスナーを全開し、駅周辺の散策を始めました。

目的はステッカー・・・

今回、荷物の積載に初めてホムセン箱を利用してみましたが、ツーリング中に各地のステッカーを手に入れて、箱に貼るつもりでいました。

富良野も私のお気に入りの場所で、ステッカーを手に入れたいと駅周辺のお土産店を訪ねましたが、時代の流れか、ステッカーを置いてなかったり、あるいはあっても種類が少なく、ガッカリ・・・

最後に駅舎内の観光案内所でふらの駅名のマグネットプレートを見つけたものの、イメージと少々違う物になってしまいました。

 

買い物を終え、できればこの日の昼食に、昨年立ち寄ったラーメン屋さんに行きたいと思っていましたが、調べたところ開店は11:30から・・・フェリーの乗船を考えると、余裕がなく、今回は泣く泣く断念しました。

 

さて、ここ富良野駅で、今回のツーリングはほぼ終了・・・

これからフェリー乗船のため苫小牧に向かいますが、ルートを決めかねてギリギリまで迷いました。

 ①このまま西へ進み、芦別市から国道452で夕張市へ抜けるルート

 ②このまま国道38と237で南下して、占冠村、日高町を経て、国道274で夕張を抜けるルート

 ③このまま②のルートで日高町に至り、さらに海沿いのむかわ町まで南下するルート

などが考えられましたが、久しぶりに夕張に寄ってみたくて、②のルートを選びました。

 

山間峠越えルートで夕張へ

旅の最後、苫小牧に向かうため、富良野駅から国道38で南下・・・昨年も富良野から道東方面に向けて、曇天のもと同じルートを走りましたが、今年は快晴です。

右手には残雪の芦別岳が迫って目を奪われつつ、先に進みました。

途中、国道38から237へと移り、峠越えのルートへと変わりました。

交通量は少ないものの、この陽気に誘われてか、すれ違うバイクは多く、軽装であることから、道内のライダーのようです。

途中、何度かパトカーともすれ違い、スピードの出し過ぎに気を付けながら走行・・・11:30頃、占冠村の道の駅に到着しました。

駐輪場に入ると、帯広の同世代のライダーさんに声を掛けられ、バイク談義をしつつ、ちょうど昼時なので食事をする旨伝えると、道の駅の飲食店まで案内してくれました。

しかし、コロナの影響か半分ほどが休業中で、目的のお店もお休み・・・

帯広のライダーさんは周辺の街や道の駅の飲食店の情報を教えてくれて、結局、このまま夕張まで走ることにしました。

占冠から日高町まで国道237を走り、次に夕張に向けて国道274へと入り、トンネルの連続する山越えルートへ・・・

夕張が近づくにつれて、何10年か前に走った時に見覚えのある景色に出会いつつ、13時過ぎに夕張に到着しました。

夕張の街では、ネットで調べた国道沿いの食堂に入り、昼食としました。

名物は「カレーそば」のようで、他のお客さんの多くが注文していましたが、晴天下の走行で暑く、カレーはさらに汗をかきそうなので断念・・・結局「カツ丼」を食べました。

道内最後はカツ丼とソフトクリーム

食後はさらに暑さを感じ、温度計を見ると26℃・・・

時間もあるので、すぐ隣の道の駅に移動し、「夕張メロンソフトクリーム」を食べて、クールダウンしました。

 

苫小牧西フェリーターミナルへ

14時過ぎ、夕張の道の駅を出発・・・これから市街地走行で暑くなりそうなので、ジャケットの下に着ていたフリースを脱いで走り出しました。

由仁町で国道274を離れ、道道を経由して国道234へと入り、あとはこのまま苫小牧に向かうだけになりました。

いよいよ今回の北海道ツーリングが終わってしまうことを感じつつ、交通量が増え、車の流れに合わせての走行になるため、最後まで気を引き締めて走り続けました。

帰りは、往きと異なり、太平洋フェリーを利用のため、苫小牧の市街地に近い、西港のターミナルへ・・・

途中から、太平洋フェリーのコンテナを積んだトラックが先行していたので、ずっと後に付いて道案内してもらいました。

 

ターミナルには15:50に到着・・・

誘導員の指示に従い、名古屋港行きの待機場所に行くと、既に10台ほどバイクが停まっていて、ライダー達は北海道ツーリングを無事に終え、ホッとひと息ついていました。

手前が名古屋行きのバイク

乗船するフェリー・オブ・ザ・イヤー29年連続受賞の「いしかり」

昨年の北海道ツーリングで初めて太平洋フェリーを利用し、勝手はわかっていたので、早速ターミナルに移動し、乗船手続きを済ませ、乗船開始の17時まで2階の待合室で待つことにしました。

売店にはお土産物の他に、コンピニと同じような品があることを知っていたので、今年はここで乗船後のビールやお茶、つまみ類を購入しました(昨年はこの売店のことを知らず、事前にコンビニで買い出し)。

乗船前に買い出しも完了・・・

 

乗船&出港

17時、予定通り乗船開始・・・

名古屋だけでなく、大洗や仙台行きのバイクも待機していて相当な台数・・・名古屋行きだけでも40~50台くらいでしょうか。

順番待ちで少し待たされ、最後の方になりましたが、何とか乗船・・・指定の位置にバイクを停め、昨年同様、バイクの荷物は積んだままでOKということなので助かります。

いよいよ乗船・・・「さよなら北海道!」

早速、必要な荷物だけ持って客室へ移動・・・

昨年は寝台を利用しましたが、ベッドの空間が往きの新日本海フェリーと比べると圧迫感があり、客室の室温も高くて寝苦しかったので、今年は2等客室を予約しました。

独身時代の北海道ツーリングではいつも2等客室を利用していて、今回はそれ以来ですが、昔の大部屋雑魚寝の客室と異なり、20名ほどの部屋で、さらに新型コロナの感染対策か、定員を制限して1つおきに区画が割り振られていたので、従来の2人分のスペースを使用できました。

しかも、隣との間にカーテンが設置されて区切られており、なかなか快適な空間になっていました。

寝るだけなので、これで十分です。

往きと同様、最後尾の部屋で移動が大変でしたが、早速、荷物を置いて、いつものように乗船後すぐに大浴場へ・・・出港前に汗を流しました。

 

入浴後、18時を過ぎて夕暮れが迫っていたので、デッキに出て見学・・・

北海道ツーリングが終わり、あとは帰るのみとなって、いつものように無事に終えることができた喜びと共に終わってしまう寂しさ、多くのシーンに出会えた満足感など、いろんな気持ちが錯綜し、船上からの景色を眺めながら、物思いに耽りました。

苫小牧フェリーターミナル

船上から夕焼けを眺めて・・・いよいよ北海道とお別れです。

ちょうどそんな気持ちを察するかのように、支笏湖樽前山の影に夕陽が沈もうとしており、最後に素敵な景色が見送ってくれました。

 

その後、ラウンジに移動し、座席をキープ・・・

乗船前に買い込んだ定番サッポロクラシックとつまみで「お疲れ!」の一人祝杯をあげました。

最後も定番サッポロクラシック・・・「今回何本飲んだかな?」

お昼のカツ丼が残っているのか、気持ちが満たされているせいか、空腹感があまりなかったので、この日の夕食は買ったおにぎりで済ませ、19時出港の様子を見送りました。

道内でキャンプ中は、酔いが回る感じはなかったのですが、この日はホッとして疲れが出たのが、少し酔うと共に眠気が・・・

21時過ぎには客室に戻って横になり、22時に消灯となり、道内最終日をこうして終えました。

 

8日目(道内7日目)まとめ

北海道最終日のこの日は、上富良野町から苫小牧西港への移動で、走行距離は252kmでした。

この日も前日に続き、快晴と言える好天となり、もうしばらく道内にとどまりたい気持ちになりましたが、まだ現役で日常のサラリーマン生活が待っているので、帰らなければなりません。

最後にこの日の走行ルートを掲載しておきます。

8日目(道内7日目)の走行ルート